2011年3月28日月曜日

俺の知っていることなどほんの一部だ

Facebookに友人がリンクしていました。

宮城県亘理郡在住『K』の手記

http://blog.goo.ne.jp/paddy1004/e/c03b9cb94a06c0328cbcb42f1486b11d

*他の友人のコメント*
「こういう記録を残さないと、たんなる「出来事」で終わってしまうと思います。」
「同僚からも似たような事を聞きました。
聞いた時愕然としました。TVだけの事で知った気になってはいけないのだと反省もしました。」
 
「知らなかったことを知った」者に与えられたのは、伝えるという役目だと思うので、リンクします。

2011年3月26日土曜日

日常を

2週間が経ちました。激震と津波、原発による被災地の方々の体と心の疲れを思うと胸が痛みます。

今、私にできることは、「落ち着いて」「無駄のない(節電も含めて)」日常生活を送ることだと思っています。もちろん傍観者になってはいけないし忘れてはいけないのですが、必要以上に騒ぎナーバスになることで「必要な人のところに必要なものが届かない」という状況になることは決して起きてはいけないことですから。


地震のときに、本棚に二重に入れていた手前の本が崩れ落ちまして…
かなり前から見て見ぬフリ、よく読む本や必要な本が奥に入っていたり、で
「なんとかしないとなぁ」と思いつつ、3月になってようやく整理に手をつけ始めたところだった矢先のできごとでした。
今週の水曜木曜のお休みは予定がなく久しぶりに丸々2日間、家にいたので、一気に書庫整理。

良く使うレシピやスパイスの本、食材辞典は一番手が届きやすい本棚に入れました。
う~ん、スッキリ!




心落ち着かない日々はまだ続きます。でも、日常生活を送れる者が冷静に日々を送るからこそ、被災した方々が必要なときに力になれると思うのです。




2011年3月16日水曜日

2011年3月13日日曜日

東日本大震災

とても怖かったです。今まで感じたことのない恐怖でした。
揺れがおさまった後も、手足が震え心臓はドキドキとしたままでした。

東京の震度5強…震度7の揺れの大きさは想像を絶するものなのだと思います。
そして、その後の津波の恐怖。
被災された方々のことを思うと胸が苦しくなります。
一人でも多くの命が、一つでも多くの家族が救われますように。

今、私にできることを考えました。
その一つが、このブログを通して皆さんへインフォメーションを発信することなのではないかと思いました。
自分で見つけた情報、Facebookで友人たちがリンクしたもの、いろいろです。

東北地方太平洋沖地震募金情報まとめ

http://sites.google.com/site/quake20110311jp/bokin

サイエンスメディアセンター 原発に関するQ&Aまとめ
http://smc-japan.sakura.ne.jp/?p=752

節電ポスター
http://setsuden.tumblr.com/

被災軽微な人が今すぐできる4つの支援
http://www.lifehacker.jp/2011/03/110313donation.html

Japan Earthquake/Pray for Japan

http://www.facebook.com/#!/PraySaveJapan





2011年3月10日木曜日

里帰り

久しぶりに美術館。
恵比寿(広尾?)にある山種美術館で開催の「ボストン美術館 浮世絵 名作展」
“ボストン発のニッポン初”というコピーの通り、浮世絵の里帰りです。

あまりにも単純ですが「素晴らしい」の一言。
作品の質量はもちろん色の美しさなどの保存状態も含め、ボストンで大切にされていることが伝わってきます。

清長、歌麿、写楽などの絵師の才能もさることながら、一つの作品に仕上げる彫り師、摺り師の技術があって「浮世絵」が出来上がっていることをしみじみと感じました。
繊細な線や色の表現、から摺りやきめ出しという技法で着物の地模様を表す…状態の良い作品だからこそ堪能できたのではないかと思います。

そして、浮世絵とは直接関係ないのですが…
浮世絵には遊郭の女性が多いのですが、そこには禿(かむろ-6-7歳の童女)や新造(15歳くらいの見習い遊女)の少女たちも一緒に描かれていて、太夫や花魁といったお姐さんと同じ生地や柄の着物を着ているのです。少女たちはお姐さんの妹のような存在だったのでしょう。
いろいろな事情で遊郭へやってきた女性たちの心の拠りどころのようなものを見た気がします。

その他、歌舞伎役者や五節句の様子、茶店などの看板娘(今で言う読者モデル?)などなど、作品としての芸術性に加え、当時の風俗を知ることもできる浮世絵(錦絵)。外国にあるものもまだあるようなので、たくさん里帰りしてほしいものです。

2011年3月3日木曜日

遅れ馳せながら…堂島ロール

ずいぶんと前から話題になっているモンシュシュ(大阪)の「堂島ロール」。
昨年秋のリニューアルオープンの時から銀座三越にはちょこちょこお仕事で行っていたのですが、
すご~い行列に挫け、買えずにおりました。
会えないと会いたいと気持ちがつのるのと同じで、食べられないとなると食べたい気持ちは膨らむ一方…しかも、あんなに行列になるなんて、どんな味なの?となるわけです。

本日は銀座三越で勤務だったのですが、午後3時過ぎに終了。
「こんな中途半端な時間ならもしや?!」と思い、地下2階へ。恐る恐る、覗き込む。
「お~!!3人しか並んでいない!」小躍りしたくなるところをグッとこらえ最後尾に。

そして、とうとうゲット!



いざ、一口   美味しいぃぃ~~
どことなく懐かしさの漂うスポンジと軽めのクリーム…しあわせな気分になりました。

私のロールケーキNo.1は「スリール(目黒区五本木)」ですが、堂島ロールもなかなか良い位置につけてます!

2011年2月26日土曜日

食-私が考えなければならないこと

日経ビジネスオンラインに
「20億人が飢え、10億人が過食」という記事が掲載されました。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110221/218541/?P=1&rt=nocnt
一昨日、イタリアのパスタメーカーの方の通訳をした際に「小麦価格の上昇」、数週間前には「スパイスの価格高騰」という話があり、とてもタイムリーだったので即、記事を読みました。

十分な食料が得られずに餓死をしていく人々、食料価格の高騰による社会政情不安で引き起こされる暴動や戦争、その一方で、生産されている食料の3割が捨てられている。同じ地球の上で起こっていることです。
記事にあるように、農業効率を上げて生産高を確保することも必要ですが、それによって生じる環境破壊や水不足というリスクの大きさも見逃すことはできません。また、インフラ整備や経済支援が現地の人々の搾取に繋がらないのかということも懸念されます。

この記事を読みながら、フードアナリストのテキスト書かれていたことを思い出していました。

「日本は食料自給率40%、年間フードマイレージ(重さ×輸送距離で算出、食品の輸入にあてはめている)5002億トン(アメリカや韓国の3倍以上)でありながら、年間2000万トンの食料を廃棄して
いる」
こんな生活をしている日本人である私は無意識のうちに、ほかの国や地域の人々の命を奪う一端を担ってしまっているのでは、ということに衝撃を受けました。
記事をFacebookのリンクに貼ったところ、友人から「長くなってしまっ“コメント”に入らないので“メッセージ”に送ります」とメッセージが届きました。ぜひみなさんに読んでいただきたいと思い、
了解を得てこちらへ掲載させていただきます。

>何年か前に有楽町のパスタ専門店に入った。

>そこは客を待たせないために、昼どきは常時パスタを十人分ぐらいゆでていた。
>当然注文が入らなければ、パスタがのびてしまい棄てることになる。
>そしてそれを堂々と店内にさも誇らしげに書いていた。
>「早くつぶれろ」「もう二度と来ない」
>そんな言葉が頭の中でグルグルと廻って味も何も分からなかった。
>もう店の名前も忘れてしまったけれど、その時のことを思い出してしまった。

>「農業で革新を起こさなければ」その通りだけれど、
>農業のせいで「土」が減ってきている。
>地下水の汲み上げ、灌漑用水路を作るために人工的に水の流を変えてしまう。
>農地を広げるために森を伐採しての砂漠化。
>人工肥料や農薬のために葉を土に変える微生物の死滅。
>人間の営みを考えるのも大事だけれど、
>「土」が無くなってしまったらなんにもならない。

>自分が農業をするわけでもないし、魚を捕るわけでも家畜を育てているのでもない。
>幸福なことに、物質的に最も豊かな国に生まれて本当に飢えたことなど一度もない。
>そんな自分ができることは、
>料理をしてくれる人、料理の材料を育てたり、作ってくれた人達のことを忘れず
>せめて出された料理は残さず食べること。


日本に住んでいる私は、明らかに「10億人の過食」の一人です。
食に関わる仕事をしている、いいえ、「食べる」という行為を毎日行っている存在であるからこそ、今、自分に何ができるのか、何をしなければならないのか、真摯に向き合うべき問題であると心に刻みました。