2009年6月28日日曜日

酸っぱい一日

近頃考えているのは、「食べること」ばかり。

と言っても、
「何を食べようかなー」ということではなく 、
朝から晩まで、「食」に関することを考えているのです。
~もちろん「この私」ですので、「何食べよ」と思っていることも多いですが~

どうして「食べること」で頭がいっぱいなのかと申しますと、
日々の糧のため、数年ぶりに「食」に関わるようになったからなのです。
「嫌いではない」というより「大好き」なことなので頭から離れなくなってるんですね、「食べること」。

そんな毎日を送っていたら、
ひょんなことで「ピクルス」を漬けることになりました。
託されたのは、4ℓの密閉瓶とミニきゅうり40本ほど。
この量を漬けたことはないので、ピクルス液の分量計算から始めましたよ。

梅雨の鬱陶しい季節なので、甘さをおさえた「すっきりピクルス」にすることに。
スパイスは、「清涼感のディルシード」と「爽やかコリアンダー」の2種類。

今日は朝から曇り空。特に予定もないので、朝からピクルス作りです。

我が家で一番大きなお鍋をひっぱり出して「きゅうりの下漬け」。
~この「ひと手間」、けっこう大事なんです~
計算の結果、ピクルス液は1.8ℓくらい必要だと判明したのですが、
我が家はフツーの家庭なので、そんな量の「酢」をストックしていなかった…
なくてはならない材料を調達しに行かなくては!
どんよりした空を睨みつつ、雨が降り出す前に「お買い物」です。

まろやかさを出すため、「穀物酢」と「りんご酢」の2種類を買い帰宅。
下漬け中のお鍋の隣に別のを出して、買ってきた2種類の酢をドボドボ。
~キッチンに広がる酸っぱい匂い、深呼吸したら大変なことなりました~
そこへ水とスパイス、そして砂糖を少し。
お鍋を火にかけてひと煮立ち、酸味が飛びすぎる前に火を止めて、そのまま冷まします。
~ピクルス液が冷めるまでの間は、お掃除したりテレビを見たり~

雨足が強くなってきた午後3時、さぁ最後の作業です。
下漬けしたきゅうりを瓶に詰め、ピクルス液を注ぎます。
ふたを閉めて、完成!!

お味は、明日のお楽しみ♪



2009年6月15日月曜日

近頃お騒がせの日本郵政ですが


ここのところ、「郵便」がニュースを賑わせていますが、
私もこの2ヶ月、「郵便」に振り回れてました。


6月14日(日)、Osloから小包が到着。
私が、この小包を送ったのは3月28日のことでした。

前日の大雪が残るOsloの町、
国際小包の箱を抱えてTrikenに乗って郵便局へ。
「日本までどのくらいで着きますか?」という質問に
受付をしてくれた若いお姉さんは「10日から15日くらいで着きますよ。」
“帰国してすぐに荷物が着くくらいだな”と思いつつ、
日本円にして7000円ほどの郵便料金を払い、手続完了。

“Osloから荷物送ることにして正解だったなぁ。
イタリアから送ったら、荷物がいつ着くか心配だし。”
と思いながら、Julianaの家まで帰ったのでした。

あぁ、それなのに…
80日近い日数がかかってる。
どーいうこと?これじゃ、Italiaから送っても一緒だったでしょ。

ここに至るまでには紆余曲折がありまして。

小包は航空便、しかも保険付の日本のEMSと同様に追跡可能なもので送りました。
荷物には友人へのおみやげも入れてあったので、帰国数日後にWebで追跡。
すると、荷物を出してから2週間は経っているのに
まだNorway国内にあるらしい。「なんでまだ飛行機に乗ってないの?」

その数日後、再度追跡をしたら、なんと!【受付郵便局に戻りました】の表示。
「え、何?」一瞬、自分の英語読解能力を疑いましたよ。
でも確かに【受付郵便局に戻りました】と書いてある。
なんでそんなことになったのかNorwayの郵便局へ問合せメール。

すると翌々日に返信が。(こーいうところはItaliaと違うなぁ)
「税関申告書が添付されていなかったので、受付けた郵便局に戻しました」とのこと。
小包の箱を買いに行ったときの窓口のおじさん、そんなこと言わなかったよ~。
「こっちの箱が国際小包用で10Kgまでは同一料金。
送り状のこの欄に内容物と金額書いてね。
保険かかるから金額きちんと書いたほうが良いよ。」とは言ったけど。
発送の時に対応してくれた若いおねえさんも税関申告書のことは一言も言わなかった。
冷静になって考えれば、“別送品として送るから、税関申告書いらないのね”
などと能天気に思った自分が浅はかだった。
これがItaliaだったら、念には念をと確認を繰り返すのだけれど、
「きちんとしているNorway」というイメージが確認作業を怠らせた。
「ここは日本ではない」と思うべきだった。

そんな後悔しても仕方がないし、送ってもらわないと困るので、
「郵便局の窓口で、税関申告書のことなんて一言も言われなかったから添付していない。
それは、そちらの説明不足なのだから、とにかく至急送る手配をしてほしい」
と新たなメールを送る。

そんなことのあった翌日、
「郵便局から、荷物が戻ってきて税関申告書を提出するようにと言われている。
荷物すべての内容と金額、生産国を教えてほしい」
というメールがJulianaから届く。
小包の送り状にOsloでの滞在場所の住所を書くように言われて、
Juliana宅の住所を書いていたので郵便局から連絡が行ったらしい。

同じ日に郵便局からの返信。
「説明不足だったのは申し訳ないけれど、税関申告書の提出は必要」
という内容に申告書が添付されている。
Julianaの手を煩わせるのは気が引けたので郵便局へ直接、記入した申告書を送り、
「自分で手配したから大丈夫。迷惑かけてごめんね。」とJulianaへメール。
“これで一安心、ゴールデンウィークくらいには届くでしょう”

そして、間もなくゴールデンウィークというある日、
「そろそろ日本に着いてるんじゃない?」と追跡調査。
【荷物は送り主へ戻りました】送り主?どこの?

その翌日、またまたJulianaからメールが。
メールは「ノルウェー人は、本当に不親切で不条理です。」
という言葉で始まっていました。
Norwayの郵便局から「荷物を引き取りに来てほしい」と連絡があり、
引き取りに行ったところ、
「再度送るのには改めて料金を支払わなければならない」と言われたという内容。

Julianaのメールを読んだ後、すぐにNorwayの郵便局へ再メール。
「税関申告書未添付は郵便局に非があるとメールをもらって、
書類も送信したのに、なぜ改めて郵便料金を支払わなければならない?
しかも、引き取ってくれたのは私の友人でこれ以上迷惑はかけられない。
そちらの郵便局で滞在先の住所が必要と言われて住所を書いただけなのに。」

それに対する回答は、
「今回のことは確かに説明不足が原因であるが、再送には改めて郵便料金が必要です。
しかしながら、郵便料金を支払った後、
事の顛末を郵便局へメールして料金払い戻しの申し立てをしてください。」

5月も中旬にさしかかり、これ以上やり取りをしても
小包の到着が遅れるだけか・・・と思い、
郵便局の最後の回答を添付してJulianaへメール。
「お手数をかけて申し訳ないけれど、そういうことなので料金を支払って送ってください。
もし払い戻しが受けられなかったら、すぐに料金支払うので連絡してね。」
1週間後に、Julianaから
「小包は送ったので安心してね。今日、Gustavoが払い戻しのメールを出してみます。」

そんなこんなはありましたが、小包は無事に到着した時点で、
「外国からの荷物輸送は気を抜いてはならないという教訓を得て、
クレームメールで多少の英語力アップにはなったかなぁ」
と考える私はやっぱり能天気。

しかしながら、Julianaが払い戻しできたか不明なのと、
Londonから船便で送った荷物が未だ行方不明。
日本郵政の決着と私の郵便事情、どっちが先に一件落着?

2009年6月2日火曜日

話題の・・・


行ってまいりました、話題の「阿修羅展」。
日焼けをものともせず、90分並びましたよ。
「90分」って並ぶ時間としては、短い方のようです。

中に入ってからも人ヒトひと…
中金堂の鎮壇具は、あまりの人の多さにほとんど観られず、
頭と肩越しから「とりあえず観た」という感じ。

そして、「十大弟子」と「八部衆」の展示場へ。
それぞれが特徴的な穏やかさの「十大弟子」と
少年たちのような「八部衆」。
じっと見つめていると「動いた?」と錯覚するくらい「人間」な感じで、繊細なのである。
そんなこんなで、メインの「国宝・阿修羅像」。
中学の修学旅行の時、「興福寺」で観たはず…なのだけど、
あまりにも遠い記憶過ぎて、その時の印象は思い出せない。
ラッシュアワー並みの混雑に囲まれた少年阿修羅は何を思う?
それが、第一印象。

「近くでゆっくり」なんて無理そうなので
スロープの上からじっくり観ることに、斜め右、斜め左。
そして意を決して、混雑の中へ。
華奢な体に、三つの美少年顔を観れば観るほど、
不思議な感覚が体と頭に満ちてくる。

「阿修羅は、インドの最高神に戦いを挑んだ戦闘的な神なのに、
この阿修羅はそんな様子ないなぁ。」
「これを造った仏師は、この阿修羅にどんな思いを込めたの?」
「三つのお顔は私に何を問いかけるの?」

人の多さに答えを考えられる余裕はなく、
「興福寺に戻られたら、またお訪ねしますね。」
そんなことを思いながら、次の展示場へ。

ついさっき観ていた柔らかさから一転、こちらは「力強さ」に溢れている。
「四天王」も「菩薩」もがっしり大きい。

奈良時代と鎌倉時代。
「造られた時代によってこうも違うのか」とつくづく思う。
仏師も人間、時代の空気や世相とは無縁ではないということなのでしょうね。

今、もし私が仏像を造ったら、どんなものになるのかなぁ。